畠中理恵子(書店員)
●成文社 http://www.seibunsha.net/
【気になる出版物】
1 カレル・チャぺック著、石川達夫・飯島周訳『チャぺック小説選集』全6巻
2 T・G・マサリク著、石川達夫訳『ロシアとヨーロッパ』第1巻
3 M・プリーシヴィン著、太田正一訳『森と水と日の照る夜――セーヴェル民俗紀行』
4 長縄光男・沢田和彦編『異郷に生きる――来日ロシア人の足跡』
5 V・クラスコーワ編、太田正一訳『クレムリンの子どもたち』
【エライ理由】
人文系版元で最近は特に中欧、ロシア関係の本を出しています。チェコ、ロシア、素敵じゃないですか? あまり知らない、いわゆる「東」の国々。でも、例えば、チェコはトルンカ、ティールロヴァーといったパペット・アニメーションで有名。ビールの本場。そして旬の作家米原万里のエッセイや小説の舞台。『ダーシェンカ』の著者で「ロボット」という造語をつくったカレル・チャぺックの国。ほらほらこの国がどんな歴史を歩んできたか興味が出てきたでしょう? また、ロシア。共産主義崩壊でショボくパッとしない印象もあるけど、スラヴって、西と東の境の、不思議な文化圏だと思いませんか? 圧倒的な自然を有する北の隣国、その歴史。惹かれませんか?
成文社は装幀も含めてちょっと独特の「匂い」のある本を出版されていると思います。試しにHPをご覧あれ。もう、チャぺックやマサリクに心底惚れ込んでいるのがピシっと伝わってきます。今年は成文社の本を少しづつ読んで行きたいです。頑張れ成文社!!
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本書は、日本のドストエフスキー研究者の代表的存在である著者の最新論文集。ドストエフスキー文学の「現代性」に光を当てた論文を集めている。
著者は「対話的人間観」の中にこそドストエフスキー文学の本質があると見る。「対話的人間観」とは、ロシアの文学研究者ミハイル・バフチンの名高いドストエフスキー論をふまえたものである。バフチンは、ドストエフスキー文学の革新性は、そのポリフォニック(多声楽的)な性格にあるとした。それ以前のロシア文学が、作者の声を代弁する主人公の視点のみから描かれていたのに対し、ドストエフスキーの小説では、登場人物のそれぞれが独立した視点を持ち、相互に洞察し合う重層的な構成がとられる。すなわち、作品は、各登場人物が独自の"声"をもって対話する場となる、というのだ。
そうしたバフチンの研究をふまえ、著者はドストエフスキー文学の「対話的世界」をより深く掘り下げていく。たとえば、「対話」ということをより広義にとらえ、作中人物が言葉によらず意識の交感をする「無言の対話」の多用にドストエフスキー文学の特質を見いだしたのは、著者の独創であろう。
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日本のドストエフスキー研究の水準の高さを示す労作である。
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ニューヨークの世界貿易センタービル破壊、イスラエルとパレスチナの戦い……時代はすでに対話的原理の崩壊を冷徹に告示し続けている。バフチンはドストエフスキーの文学を理解するためにはポリフォニック的思考法を身につけなければならないと解いた。わたしはかつて、この思考法は唯一性を剥奪された者にのみ可能と指摘した。ポリフォニック的な思考法によって世界を遊戯的に、道化的に生きることは可能であっても、もはや不動の唯一絶対性を獲得することは不可能ということである。現代人が抱え込んでいる〈虚無〉ははてしない。現代人はみんな自らのうちに言葉を失った〈カオナシ〉(『千と千尋の神隠し』)を飼っている。本書第一部を読みながら、改めて対話的原理を再検証し、現代に飛び交う薄っぺらなコトバの正体を見極めてみたい気がした。
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