リレーエッセイ

第52回 - 2018.03.06
倉田稔『日本社会をよくするために』を読む

渡辺理

 今日の日本はあれこれと欲を言わなければ、基本的には海外出身の方にも住みやすい良い国なはずなのに、生きづらさを多くの日本人は感じている。毎年、海外からの観光客が増加するくらい人気のある国なのに、周りの空気を読んで忖度しなければならないほど、漠然とした不安や重苦しい雰囲気に覆われている。もやもやしてはっきりしない日本社会について「ズバリこれだ!」と知りたい人やもしかしたら日本はもっと住みよい国になるかもしれないと思う人にお薦めなのが本書だ。以下、読みながら、ちょっと思いついたことをまじえつつ紹介する。

 32頁のポケットサイズの冊子だが、テーマは金権政治、選挙、行政、労働それに教育と幅広い。天下国家から日常生活についてまで議論できる内容だ。段落や節ごとに簡明にまとめられているので、どの部分から読んでも差し障りない。内容が広範囲で深いにも関わらず、難しい単語や細かくて見るのも面倒そうな表やグラフもない。平易な文章なので、日本語を母国語としない初級から中級レベルの学習者向け教材にも活用できる程だ。何よりも著者が自身の考えや知識で教え導くのではなく、読者に寄り添い共に考えてくれる意義深い書物だ。次に梗概を記す。

 金権政治について、今も安倍政権は依怙贔屓と思える優遇をしたとして森友・加計学園問題で批判されている。雲の上のような偉い人のやることだからわからないし、手が出せないと諦めている日本人は少なくないだろう。確かに2世・3世といった世襲議員や選挙に立候補する度に法外な供託金を払うことのできる金持ちが多い現状を見ると、ほとんど特権階級と化している。だが、本書では日本を死に至らせる病といえる状況について的確な症状とその処方箋を記している。つまり、日本の現状を知った上で、政治参加する道が記されているのだ。

 行政について、今日、森友学園に対して便宜をはかり、それに関連する証言がウソと疑われる佐川宣寿・国税庁長官の疑惑に限らず、官僚の問題も大きい。小渕政権で経済企画庁長官だった堺屋太一氏は「母屋で粥をすすっている時、はなれでスキヤキ鍋をつついているようなものだ。」と国民生活と官僚の経済感覚とのズレを評したことがある。天下りをはじめ高給で地位が高いことから特権階級意識が強い。それが国民の生活感覚とのズレが大きく国民生活のために必ずしもなっていない。そうした状況への考え方や対応も記している。

 著者について簡述する。小樽商科大学で長らく社会思想史を担当されてきた。その講義は古今東西の社会問題に関し、幅広く的確でわかりやすかった。あたかも病める社会を診察する医者の処方箋のように有効で腑に落ちる内容と学生から評判だった。本書は社会思想史の講義の中で日本社会の問題に関する要点を効率的に濃縮したものと言える。そして長年に亘る教育者としての豊かな経験に裏付けされる後半約3分の1に相当する教育問題についての指摘は思わずひざをたたきたくなるほど、納得できる。

 教育問題についてまず、いじめ問題について事なかれ主義が横行する現実を冷静に批判した上で解決策を記している。さらに日本の小中高大の学校において、いわゆるトコロテン方式の進級問題も記している。学力や時には精神的に未成熟のままで進級や進学した挙げ句、社会人になってもうまく適応できない事例も少なくない。最近でも東京・銀座にある区立泰明(たいめい)小学校で一式8万円以上する制服を校長が導入していることが物議を呼んでいる。校長は銀座にふさわしい児童を育てるのには服装から、と考えているそうだ。だが、あってはならない児童へのいやがらせが発生した。それに変な特権者意識を子供に植え付ける危険性がある。要は外見へのこだわりから無用な苦を招く。そもそも外見をはじめ形式にこだわるあまり、児童の心身をどう育むかの方針が置き去りにされている。日本の教育の欠陥を想起する。

 さらに、日本の教育が普通の文章を書く教育をしていない、と鋭い問題提起がある。SNSやLINEなどで「いじめ」が少なからずある。個々人が主体的に考えず、付和雷同する未熟さも大いに問題だ。それ以外にも普通に伝達文を書けないことも関連があると、小生は考える。つまりコミュニケーション能力が不足しているのだ。相手を思いやりつつ、自分の考えや気持ちを落ち着いて伝えることが十分できていない。結論ありきで思考過程がないがしろにされている。社会における人間関係の多様化や複雑化それに国際化がさらに進み、コミュニケーション能力がますます重視される昨今、日本の教育においてきちんと取り組まねばならないと本書を読み再確認した。

 本書はいわゆるハウツー本にありがちな説教臭さや思想の押しつけが無く、誰にでも手に取りやすい。いわば常備薬のようにたよりになる。日本社会を考え、受け身一辺倒でない暮らしをする一助となる。普段、見聞きする情報を当てはめてみても自由に考え、社会を生き抜く智慧を得られる。

(小樽社会史国際研究所所員・経済学修士)



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