リレーエッセイ

第4回 - 1997.05.01
べローフ賛歌

中村喜和

 バトンを栗生沢教授から引き継ぎました。

 教授がロシアの歴史を専攻するにいたった動機は「フィーリングが合った」からの由。そのフィーリングとは具体的に「重くて、極端で、、、陽気なところ」(本当でしょうか)と説明されています。何でも強いお酒のウォトカがそういう性格の飲みものだそうですが、下戸の私にはそのへんの事情を厳密に検証することができず、残念でなりません。

 ところで、「フィーリング」とは実に便利な表現ではありませんか。私がロシアの現代作家のなかでワシーリイ・ベローフさんに惚れこんでいるのもフィーリングによると言えば、その他の説明は不要なような気がします。モスクワ大学に留学していた1971年当時、出版されたばかりの『農村小説集』を読んで、たちまちにこの作者の魅力にとりつかれてしまったのです。

 ベローフさんの作品では、故郷である北ロシアのヴォロクダ地方の風景がよく描かれます。彼は名うてのエコロジストでありますから、自然が主人公という趣きがあって不思議ではないのです。あまりに見事な描写にひかれて、私は二度もヴォロクダまで足を運んでしまいました。期待が少しも裏切られなかったことは言うまでもありません。

 そのうち病いが昂じて評判の傑作「大工物語」を日本語に訳すハメになりましたが、農村集団化を農民の目から手厳しく批判しているこの興味津々の中編小説(260枚)は諸般の事情からまだ日の目を見るにいたっていません。

 その代わりというように、人と動物との付き合いを描いた「動物物語」の拙訳が「村の生きものたち」という題名で、6月中に成文社から出版されることになりました。これは30話あまりの掌編からなる滋味あふれる作品集です。登場するのは馬や犬や猫やニワトリなど、、、それにもちろん素朴な村びとたち。ベローフさんの話では、もともと子どものためにこの本を書いたのだそうです。しかし大人が読んでも素敵に面白いのです。実際、私は翻訳しながら自分がロシアの草深い田舎家にホームステイしているような気分になりました。

 うれしいことに、ベローフさんがこの6月に来日し中旬から下旬にかけて10日ほど滞在することになっています。「読者との集い」*も開かれるはずです。くわしいことはいずれこのホームページでお知らせするつもりでいます。

*「読者との集い」は6月25日、一橋大学で好評のうち終了しました。


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