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プリーシヴィンの日記        太田正一

2012 . 01 . 08 up
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〔フルシチョーヴォ〕

5月9日

   きのう冬が戻ってきた。畑は雪をかぶって、花をつけた木の枝が氷結した。父の形見の雨合羽(マッキントッシュ)を着たニコライ・ミハーイロヴィチ〔次兄のコーリャだが、他人行儀の呼び方である〕が、すっかり凍えて、わたしの部屋に入って来た。手には蕾をつけたサクランボの小枝。
 「これで決まった。ほらこういうことだよ」
 それは庭に対して抱いていた不安や心配が現実のものになったという意味である。ひょっとして、もう蕾は死んでしまって実をつけるどころじゃないのではないか、農民たちには庭に入って何かするとか、実を摘んだり枝を折ったりする理由もいわれもないのである。かえってそれで庭は救われるかもしれない。
 「おまえ、どう思う? この氷は零下ということかな、それとも零度のときだけ氷がつくの?」
 要するに、彼は庭が凍結してくれたらいいと思っているのだ。そうならなければ、親が遺してくれた庭が無くなってしまうのは避けられないから。彼の願いは、ちょうど露日戦争のときロシアは負けたほうがいいと言っていた、うちのかかりつけの医者と同じくらい強いようだ。
 「普通じゃないがね、でも、そのとおりなんだ。僕に言わせりゃ、どうもそこには、その根底には、なにやら嘘が、公正でないものがある」

 ニコライ・ミハーイロヴィチと薪の山のそばを歩いていて、ふと思い出した――きのう委員会で、薪の売買と無代徴発を禁止する決議がなされたのである。
 「つまり、あれは僕らに燃料なしで暮らせと言ってるわけだね?」
 「今年の分くらいは残して置いてくれるさ」
 「じゃそのあとは、どうなるんだろう?」そう言って、彼は公園の方に目をやった。「でも、あんなモミじゃ、せいぜい1週間分かな」
 それから彼はどんどん自分の考えを展開し始めた。そして突然、二人は決めてしまった――新しい公園のためには林檎の木を伐採して、生長の速い菩提樹(リーパ)に植え替えたほうがずっといい、と。
 「新しい公園に生まれ変わるんなら、惜しむことなど何もない」
 「でも失敗したら、どうする?」
 だが、少しも改良できずに、公園の先の土地みたいに、痩せたうえに(これは肥料不足と連作のせい)深い裂け目までできてしまったら、どうしよう? いや、そんなことはあり得ない。どれもこれも土地の若返り(更新)を図るためであることは、はっきりしているのだから。

  ヨーロッパへの不安

 戦争初期、東プロシアでサムソーノフが失敗したころ、それまでなんとなくぼんやり思っていたことが現実のものとなってしまった。その鉄の敵〔ドイツ軍〕が攻撃してきたとき、わが方にちょっとした間違い(明らかなミス)――土地と土地制度に関して――が生じたのである。そしてまさにそのとき、街道の、暮れなずむ地平線のあたりをさ迷っていた物憂げな目線のその先にひょいと姿を現わしたのが、自分の労働時間(ラボーチイ・ヂェーニ)を持つヨーロッパ人だった……

アレクサンドル・ワシーリエヴィチ・サムソーノフ(1959-1914)はロシアの将軍。1914年8月17(30)日、東プロシア(タンネンベルクの戦い)で惨敗を喫したロシア第一軍の司令官。それまで軍の総動員はかなり順調に進んでいたが、開戦後ドイツの電撃的攻撃を受けたフランスの執拗な要求により、最高総司令官ニコライ大公は作戦計画を変更、軍隊の集結と展開の完了を待たずに対独攻撃を開始した。そのためドイツ軍は対仏攻撃軍の一部を東部戦線に移してロシア軍と戦った。結果、サムソーノフのロシア第一軍は完全包囲されて全滅。この犠牲によりフランス軍は壊滅をまぬがれた。

われわれの労働能力はひどいものだが、しかし喰うや喰わずの存在〔人間〕にも生存を保障してくれる片田舎〔熊穴〕からじっと羨望の眼差しを送っているのだ……でも実際のところは、ロシアに対するヨーロッパの国家群というものは、大地主による巨大な経済を囲繞(いにょう)する零細な農民経済でしかないのである。

  破産した旦那

 わが旧屋敷の別荘(ダーチャ)は、革命のために、大いなる神経の棘となってしまった。その神経を百姓たちはたえず逆撫でして苛立たせるので、わたしから避難所〔ダーチャ〕を奪った革命をあまり歓迎してはいない。先だっても、備蓄していたライ麦を取られたうえに、それがまた馬鹿々々しいやり方で、自分などよりよほど裕福な農民たちにまで配られてしまった。いずれ薪も同じ手口で没収されることだろう。わたしの家に郷〔の委員会〕を移すとかいう話も出回っている。
 クローヴァーの種は〔社会主義の新聞に〕記事を書いて稼いだ金で購入したのだが、彼らにとってそんなことはどうでもいいのだ。わが唯一の労賃はそんなふうにして出ていくのだけれど、そんなことは誰も気にしない。どうやら、土地はみんなのもの、いや土地のみか、こちらの、ものを書く才能さえもみんなのものと思っているらしい。母が造った庭だけではない、常々その独創性を誇る個人の才能まで公共の所有物と断じてはばからないんだ……大地はぐらっときたが、しかしこの庭は自分が天から取り寄せた樹木(天与の才)を植えて造った庭ではないか。これが本当に革命の目標だとでも言うのだろうか?
ボリシェヴィキの側からの声――「なぜおまえは自分の才能を資本化したのか? おまえの著作集は資本であり、おまえの物語や記事はお金になっている。おまえは自分の才能を賃貸ししているのだぞ

エッセイ「蜜の採取」はこの問題を巧みに解説している(『森のしずく』と『プリーシヴィンの森の手帖』所収)。

 「この男は何者だ?」〔自分を〕指さして、百姓たちが訊く。
 「旦那さ。つまり以前旦那だった男だよ。今は市民(グラジダニーン)だがな。ついでに言えば、破産した〔焼け出された〕旦那ってことさ」

  自尊心

   社会主義の政府がよく思われているのは、すぐに土地問題解決への希望が見えてきたためだろう。現代より卑劣な汚い時代はない。外面的には〈土地の一斉播種の必要性ゆえの秩序〉と見えるものが、内面的にはカオスの緊張〔切迫、不安状態〕だ。暗々裏に地主の土地を奪うことになっており、誰もが腹の中ではすでに〔地主の〕領地から可能な限り多くのものを持ち出そうと決めている。森の小枝を勝手に盗らないと村の委員会は請合うのだが、それはうわべを取り繕っているだけで、本当は妬みや嫉みからかなり滑稽な行動に出る。『地主は財産管理〔監視〕がなっていないようだなどとコミサールが言い出す――『夜分、牛は自分の森に放すべきである!』。しかし、夜中にそのコミサール自身が若木の多い林に自分の馬を放ったり、村中が馬の群れを追い込んだりしているのだ。強奪という名のこの秩序の仮面はロシアの百姓の顔にぴったり合っている。そしてまさにこの一大事業を政府が実行するのである――仮面をはずさせ土地は国有財産なりと宣言することで。恐れているのは、土地(みんな(ナロード)の財産)が新しい仮面をかぶることである。仮面の下でどの村もこう考えるだろう――これはおれの土地でおまえのではない、そうして村と村がナイフを研ぎ合う。現在、放水路は地主の所有物だ。したがって土地を所有する諸権利の廃止と同時に、郷委員会、警察その他の建設的行動の非常なる緊張が必要不可欠とされるのである。だが、それを戦争や飢餓や貧民(ゴリ)による嵐のごとき漸次的収奪の下で実行することはできない。最も可能性が高いのは、最も近い将来に連続して紛乱・崩壊が起こって、社会主義者たちも臨時政府も内部分裂を起こし、農民と労働者が、村と村が殴り合いの大喧嘩を始めることである。
 製粉屋が言った――『あんたはロシア人というものを知らない。こいつばかりはどうにも手がつけられんよ、ともかくもの凄く自尊心が強いんだから』―『いや、逆だと思うよ』とわたし。『彼らには自尊心なんてほとんどないんだ』。互いに理解し合えず、言い合いになった。『なんでまた自尊心がないなんて言うんだね?』製粉屋は熱くなる。『わしらの国じゃ、みんなのためと言いつつ、じつは自分のことしか考えてないんだよ』。なのに、このあと唐突にわれわれは理解し合った。『ロシア人には国家の利害というのがぴんとこないんだ』そう製粉屋が言ったとき、それまで黙ってわれわれの話を訊いていた陰気な顔の男(製粉所の手伝い)が口を挟んだ――『同志たち(タワーリシチ)よ(これは粉屋とわたしへの呼びかけ)、きょうびは国家体制ゆえに獄に下ることもあるのです』。彼は明らかに国王と国家体制をごっちゃにしているので、わたしは彼にその違いを説明してやった。男はぼりぼり首の後ろを掻きながら――『でも、麻痺(パラリーチ)〔政治的麻痺状態〕がわが兄弟の心を鎮めてくれるんじゃありませんか』。

  市民ロストーフツェワ

かつては自分の貴族身分を擁護していたリュボーフィ・アレクサーンドロヴナ・ロストーフツェワも、今では自己所有の森で薪を採るための請願書を郷委員会に提出し、書類の最後に〈市民ロストーフツェワ〉と署名するようになった。それは、召使の助言を受けて、彼女自ら実行したのである。案の定、郷委員会は伐採を禁止しなかった。だが委員会は、彼女の恭順ぶりを知って、すぐに『森が国家全体の財産であると認める』決議をした。そしてその申請をきっかけに、三人委員会に命じて、ロストーフツェワの薪のストック具合を(薪の不足が事実かどうかを)調べさせたのだった。

プリーシヴィン家の領地の隣人(地主)、たびたび日記に登場。夫は花卉園芸家(かなりの変人とプリーシヴィンは書いている)。

 概して自分の土地に留まっている地主は、蝸牛のように身を縮めているが、ときどきはみんな(ナロード)のためといって何かしたりしてどうにか調子を合わせていたが、ある日を境に、つまり労働者・兵士代表ソヴェートから派遣されてきた兵士(演説家)の話を聞いてからは、もういかなる妥協の道もないこと、そもそも社会主義そのものがまったく理解不能であることが、はっきりしたのである。

 郷の土地委員会。赤毛の道化(どうけ)者である〔議長〕は、何でもいいとにかく正当化の理由をでっち上げようと躍起になっており、町の土地委員会では、黒シャツに革バンドという出立ちの社会革命党員(エスエル)が復讐心に燃えた目で居坐っていて、上から何の指示もない、参った参ったとしきりにこぼしていた。

  5月の悪天候の日

 嫉み深い奴隷、働かず、社会性(感情)の欠落した、百姓(ムジーク)と呼ばれる人間と、労働能力のない、教養不足の、非国家的利口者(知識人)とが、外国人たちの目の前で、社会主義共和国のモメンタリーな体制をつくるために手を結んだのである。
 放蕩息子は、父親を家から追い出すと、父たち祖父たちが築き上げた一切がっさいを自分の懐に仕舞い込み、あとは我関せずエンという顔をしている

革命のころ、しばしばプリーシヴィンはこの福音書の「放蕩息子」の引き合いに出している。福音書的なパラダイムの破壊行為は、そのまま(父なる)神と人間の関係の破壊を意味し、当然「放蕩息子」(人間)は父祖相伝の文化的宗教的生活基盤を失って、神無き(遠い過去の)世界に取り残される。

 5月だというのに恐ろしい吹雪を伴う暴風(ウラガーン)がまる3日も荒れ狂って、畑は真っ白、屋根や庭は雪に埋まってしまった――まるでいつもの春の歩みをわざとひっくり返したかのようである。自分たち住人には自然の歩調、まさに自然の自然な推移を変えることはできないとわかっているから、ペーチ〔竃〕の火を絶やすことのないように、3日間、仕事もせずにお茶ばかり飲んでいた。ところで、そんな凄まじいウラガーンにも美〔なるもの〕はあって、それは通り過ぎていくだけだが、ペーチのそばにじっとしている者はただ取り残されていく。そう、取り残されていくのだ。ペーチの男はじっと坐って待っているしかない。誰がわれわれの邪魔をするって……(自尊心)その他。

  独裁

 それでもやっぱり庶民の独裁は長続きしない。なぜなら、長い編鞭(ビッチ)の神の正義はあっても、真の正義のを有するわけではないからだ。

  信頼

 「あなたたちは臨時政府を認めるか?」―「認めていますよ」―「じゃあ、信頼してるか?」―「そりゃ、してますよ!」。だが、モスクワからの客人(兵士)は言う――「われわれは政府がわれわれを重んじているあいだは信頼する、政府がわれわれを信頼しているかぎりは――」

   〈市民のみなさん、追い出してください!〉

 郷の会議室は行きずりの人や女子供でいっぱいで、むんむんする熱気とタバコの煙で息もつけない状態である。ときおり議長が発言する――
 「みなさん、これじゃ駄目だ!」
 誰かが叫ぶ――
 「同志諸君、どうかこの人たちを追い出してくれたまえ!」
 「追い出してください、市民のみなさん!」
 「同志よ、こいつらを掃き出せ!」
 全員、部屋から出されるが、15分もすると、また部屋は人で溢れている。そしてまた同じことが繰り返される。
 「市民のみなさん、こりゃ駄目だ、全員部屋から出さなきゃ駄目だ!」
言うことを聞かないのは、後ろにいた二人の兵士――手無しと足無し、太った男と痩せっぽちが小休みなく悪態をついている。
 「おまえらはおれたちを追い出したが、おれたちはおまえらを社会の場から追い出してやる。やいおまえら、永久にのさばっていられると思ったら、間違いだぞ!」
 この二人とはかかわり合いたくないのである。
 モスクワから来た客人が発言する――
 「市民のみなさん! われわれモスクワ守備隊の兵士はきちんと組織されており、何もかも把握し、あらゆるものを読んでいます、われわれは外国語も知っています!」
 百姓たちは興味津々だ――ほう、外国語を知ってるんだって!
 「わたしは守備隊員としてみなさんに表明します――われわれの求めていることがうまく機能していないことにわたしは不満を抱いています!」
 「うまくいってないってさ!」
 「革命は起こりましたが、人間の知恵はまだ働いていないのです。はっきり言いましょう――あなたがたは市民(グラジダニーン)ではない、ただの驢馬〔あほ〕だ!」
 議長は制止する――そういう表現は不穏当だ、やめていただきたい。
 「驢馬と言ったのは、教養がない、教化が行き届いていないという意味です。今やわれわれの敵は飢えでもドイツ人でもなく、文化的教育的活動なのです、われわれが非文化的であるという事実なのです。ロシアそのものが無教育であり、それ以外の何ものでもありません!」
 「あなたの思慮深いお考えをわたしも支持しますが――」と、議長。「本題に戻っていただけますか」
 「本題に戻ります。地主(バーリン)の領地が計画どおりにしずしずと郷委員会に移行されなくてはなりません。木を伐ってはいけないし、自らにも禁ずること。もし誰かが伐採を始めれば、ほかの者も黙ってはいません、必ず争い(シトゥルム)が起きます! そうなったら、いいですか同志のみなさん、誰も信用しなくなります。わたしはモスクワ守備隊員として言っているのです。よろしいですか、地球は闘争のために造られたのです」

5月11日

 自分の人間観察の埒外で犯罪が起こっている。きのうは通りで商人が惨殺され、きょうは村で製粉屋の一家が皆殺しに遭った。こういうものを(社会の動きを見つめながらも)自分は自分の人間観察の範疇に含めない――社会はこの種の犯罪を釈放された懲役人のせいにするのだが。
 どんな集会でも、村、郷、郡の町のどんな委員会でも、わたしは小人物イワン・ミハールィチとモスクワ守備隊員で大演説家のミシュコーフに出会っている。
 イワン・ミハールィチは生きる支えを見つけるために集会に行く。彼はどうしても、養蜂場のある自分の庭と土地、庭の周囲に何十ヵ所かの草刈場のある若木の多い森を持ちたいのである。まわりの世界との心からなる調和(ハーモニー)を得ようと、町にある自分の家を売ったその金で、地主屋敷と養蜂場と小さな森を買い、クローヴァーの種を蒔き、牛と2頭の馬と羊を買い入れて、ほかに豚も何頭か育てていた。イワン・ミハールィチはすでに地上での幸(クサーロ)をほぼ満たしかけており、あとは1デシャチーナの土地に蕎麦と蜜を出すファツェーリヤの種を蒔くだけだったが、そのとき突然、革命が起こったのだった。すると、周囲の百姓たちが一斉に『ここは自分たちの昔からの土地だ』と言い出した。

良質の蜜を分泌する多年生草本植物。拙文「永遠の女性」(『プリーシヴィンの森の手帖』所収)を参照されたし。

 古老のクジマーが村の寄合いでこんな話をした――『いま養蜂場になっているところは自分の親父のミローンが耕していた土地だ。そこにはもともと自分の家(イズバー)があった。今も古いオークが立っているが、それは昔のままである。その木はうちの先祖が植えたもので、親父のミローンはいつもその木に馬の首輪を掛けていた……』。
 はじめ農民たちはこの話をおとなしく聞いていた。そしてイワン・ミハールィチには――なんも心配ないさ。おまえさんはあの土地を自分の金で買ったわけだし、3人の子どもの分〔の土地〕もべつに問題はないとまで言って安心させた。しかし、イワン・ミハールィチは革命以来、心の平衡を失ってしまい、たびたび襲ってくるマロースと冷たい春(5月の吹雪)のせいで経営がめちゃくちゃになった。ライ麦はちぢこまってほんのぱらぱら、燕麦もひょろひょろして黄ばんでくる。〔蜜蜂の〕採蜜量も激減して、群れの半分がどこかほかの土地へ行ってしまった。肝腎なのは、イワン・ミハールィチが初めのうち革命を神の裁き、地上への正義の出現などとして喜び迎えたのに、事が自分の財産に関わってきたとたん、言いようのない不安を感じるようになったことだった。彼は自問した――自分は何かしたのか、罪を犯したのだろうか。何の答えも返ってこない。自分は何も悪いことはしていない、なのに不安はいや増すばかり。
 復活祭(パスハ)にイワン・ミハールィチは自分の池に鴨撃ちに行ったところ、見知らぬ馬鹿(わか)者と出会った。『撃たせねえよ、鴨はおまえのものじゃねえんだ!』。若者はそう言って指で威嚇した。『いいや、土地はおまえのものじゃねえ、水や空気と同じくみんなのものだぞ!』
 イワン・ミハールィチは頭にきて、銃をそいつに向けたが、相手は少しも驚かず、ぐいとイワン・ミハールィチの肩を掴んで――『おれはおまえを逮捕する、村に行こうじゃねえか』
 寄合いが持たれた。若者はモーレヴォ〔エレーツ近郊の村〕の人間で、盗みを働いてしばらく臭い飯を食ったが、窃盗というほどのものでなかったことがわかって釈放され、今では(舌鋒鋭く大胆な演説をするというので)郷委員会の議長である。その寄合いでイワン・ミハールィチは、ミシュコーフ〔若者の名〕が鴨撃ちの邪魔をしたうえに土地はみんなのものだと言い、自分を逮捕したことを話した。そしてミシュコーフに向かって――『誰がおまえにそんな権限を与えたんだ?』と言うと、相手はこう言い返した――『それが演説の力ってもんさ!』。百姓たちは彼に全権を委任したことを認めた。『じゃ土地はみんなのものなどとおまえに教えたのは誰だ?』―『しかし、それはそのとおりだろ!』
。百姓たちも、じっさい土地がみんなの共有物であること、ミシュコーフが徒に鴨を驚かしたこと、を認めた。そしてこんなことまで言い添えた――もう盗みも暴力も必要ない、それはこの前のストライキで牢にぶち込まれたからよくわかるだろう、すべては静かに穏便に仲良くやっていかなくてはいけない、と。これにはミシュコーフも同意して――『確かにそれはしっかりと自覚しなくてはいけない、旦那の土地は冷静にしずしずと農民の手に移さなくてはいけない。それは、彼らにとって(そう言ってイワン・ミハールィチを指さした)いいからではなく、下手すれば分け前をめぐって村と村が衝突するからであります』。百姓たちはこの分別臭い演説がことのほか気に入った。結果、ミシュコーフはお咎めなしということになり、イワン・ミハールィチのほうは『その鴨はまた〈必ず〉戻ってくるから心配するな』と言われただけだった。そうして敵同士は何事もなくそれぞれの家に帰っていったのである。

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