2011 . 06 . 05 up
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市電〔路面電車〕に、頭にスカーフを巻いた制服姿の女車掌が現われた。鉄道にも肩章を付けた女性が。最近、女性の活動分野が広がりつつある。
またしてもラスプーチン! 国会を解散させたのは彼であるとの噂。国王〔ニコライ二世〕はすでにクリヴォシェイン*1に組閣(社会活動家から成る内閣)を委ねようとしたが、突然それを変更し、ゴレムィキン*2を首班指名した。ラスプーチンがストップをかけたらしい。懸念されるのは、今では本営に陣取った彼がドイツに買収されているのではないか、ツァーリを動かして単独講和に持っていこうとしているのではないか、ということだ。ペテルブルグに1週間いた。ペテルブルグ人の暮らしを思うと、ぞっとする。たった1週間なのに、ひと月年を食ってしまったような……*1アレクサンドル・クリヴォシェイン(1857-1921)は帝政ロシアの政治家。1906~08年に貴族銀行と農民銀行を管理する財務官僚、06年から国会議員。08~15年、土地整理と農業行政のトップとして〈ストルィピン改革〉を主導。1920年、〈ロシアの南政府〉首班、のち亡命。
*2イワン・ゴレムィキン(1839-1917)は帝政ロシアの政治家。保守派。1895~99年に内相、1906年に首相、第一国会を解散させてストルィピンと交替。1914~16年、ラスプーチンらの宮廷派に推されて再び首相に。
どうもペレムィシルからこの方、夜にはテーブル回し、昼日中は鳩に餌をやってるらしい……解放〔更迭〕されて嬉しくなったのだという*。そうだろうか? 国民にとって彼はまあ、イワン・ツァレーヴィチ〔イワン王子〕であるわけで!
*ニコライ・ニコラーエヴィチ大公のこと。スピリチュアリズム(降霊(神)術)のtable turning(何人かがテーブルに手を載せると、テーブルが自然に動き出して一方に傾いたり宙に浮いたりする。心霊の力によるとされる現象)。このころ宮廷や上流社会で流行した。ちなみに、宮廷にラスプーチンを誘い込むことになったのが、皇后アレクサンドラの無二の親友だったモンテネグロ大公妃姉妹で、ニコライ大公の弟のピョートル・ニコラーエヴィチはその姉のほう(ミリツァ)と結婚し、ニコライ大公自身も妹のスタナに夢中になった。魔女と魔術師の国、モンテネグロ(黒山)からやって来た黒髪の「黒い女たち」は早くから、孤独で精神不安定な「内部のドイツ人」=皇后を、その暗く謎めいた神秘主義の虜にした。
*パーヴェル・ミリュコーフ(1859-1943)は帝政ロシアの政治家・歴史家。モスクワ大学でロシア史を講じていたが、学生運動に係わって罷免され亡命した。1905年に帰国すると政治活動を開始し、立憲民主党(カデット)を創立した。「談話(レーチ)」紙を編集。第三第四国会の議員を務め、リベラル派を率いる。17年の二月革命で臨時政府の外相に。しかし親英仏政策と戦争継続を確約した〈ミリュコーフ覚書〉で辞職を余儀なくされ、パリへ亡命。かの地で反ソ活動を続けた。学位論文「ピョートル大帝の改革」(1892)、労作「ロシア文化史概説」3巻(1896~1903)。
*1プーシキンの中篇小説『大尉の娘』(1836)の主人公。軍務に就くためにオレンブールグへ赴く途中、奇しくも、やがて天下の大謀反人となるエメリヤン・プガチョーフと出逢う。
*2ゲネラールィ(генералы generals)=将官たち、ここでは要するに取巻き連。べつにイタリア訛り(ゴーリキイは長いことイタリアで暮らした)というのではない。
*オーカニエ(оканье)――アクセントのないоを[a]ではなく[o]と発音することを言う。ロシア語の方言は北方方言と南方方言にほぼ大別される。その境界は西から東へプスコーフ、トヴェーリ、モスクワを経て、ヴォルガに沿って南下する。標準ロシア語および南方方言では、たとえば、無アクセント音節のоは、はっきりした[a]か曖昧な[ə]だが、北方のウラヂーミル地方では[o]とはっきり発音される。
*ここはもちろん若きゴーリキイの遍歴時代(自殺未遂も含めて)の話である。スキマとは古いギリシア語で修道院の苦行的戒律のこと。発音はスヒーマ。スキマ僧と呼ばれるのは、ギリシア正教において厳しい苦行戒律に服する修道士で最高段階に達した僧。
*1~シチナという語尾を持つ言葉はこれまで何度も出てきている。たとえば、カラマーゾフシチナ、オブローモフシチナ、フリストーフシチナ、フルィストーフシチナその他いろいろ。語尾にシチナを付して「~主義」、「~的傾向」などのニュアンスを表わす。土地柄、気風を言うときにも用いられる(スモレンスク地方ならスモレンシチナ、ここではキタイシチナ=中国的〈訳のわからなさ〉、謎の国、ちんぷんかんぷん)。ドストエーフシチナはもちろんドストエーフスキイ流の心理分析や、その作品の登場人物たちに見られる精神の不安定・動揺また心理的葛藤を言い表わそうとするときに使われる。
*2イワン・リャザノーフスキイ(1869-1927)は著名なロシア史関係の古文書収集家で考古学者。プリーシヴィンと長らく親交があり、手紙もやりとりもあった。
*богоборчествоではなくбогоборствоと記されている。
*スターレツとはふつう老修道士、隠者、長老、老師などと訳される。目下渦中の人物、悪名高いあのグリゴーリイ・ラスプーチンでさえ一部の人びとから〈スターレツ〉と呼ばれている。ヤーマはもともと〈地下牢〉を意味した言葉で、穴、窪み、盆地、獄(獄舎)、売春宿、魔窟(クプリーンの傑作も『ヤーマ』)。「人を呪わば穴二つ」の穴。
ゴーリキイのような人たちは、すでに人口に膾炙した周知の事実を発見しようとする――いまさらのように。彼らは何を発見しようかと考えているのだが、しかしそれはすでに創造されてあるものを見つけ出し、その自分の〈掘り出しもの〉を衆目に触れさすにすぎないのだ。
ゴーリキイのルカー*はおそらく、慰め手たるキリストの伝道者だ。ルカーを描くことでゴーリキイは個我〔人格、リーチノスチ〕に対する自身の疑念を――彼〔ルカー〕は何によって強いのか、欺瞞によってか、という自分自身の疑念を表明しているのである。*ルカーはマクシム・ゴーリキイの戯曲『どん底』に登場する年寄りの巡礼。彼はおそらく「慰め手たるキリストの伝道者」である。「わしにゃ、どうでも同じだよ! わしは相手が騙りでも尊敬する。わしに言わせりゃ、どんな蚤だって、蚤は蚤だ……〔神様だって〕信じれば、おるし、信じなければ、おらんのさ……おると信じたら、それはおる」
石の真実(камень-правда)。原っぱの真ん中にテーブルみたいに大きな石が横たわっている。その石は誰の役にも立たない。みんなこの石を目にしているが、それをどうやって動かしどこへ据えたらいいのか、誰にもわからない。よたよた歩きの酔っ払いなら石にぶつかって口汚く罵ったりするだろうが、酒を飲んでない人間は石をよけて通る。みんなはその石にうんざりしていた――誰にも動かせないから。というわけで真実(プラウダ)もそういうものなのである。
多くの人間は、個人的に自分の町の破壊を受け止め、耐えて、貧弱な丸太なんかにしがみついて流れ、漂い、飢え、あたりを見回しながら、後ろ足で(蛙みたいに)ぴょんと跳び、小さな鼻づらをあっち向けこっち向けして、あっちの町こっちの土地の破壊のさまを眺めてきた。住む家を失くした100万人もの逃避行も、毒ガスも、装甲車も、爆弾を投下する有翼モーター*も――これらはみな新しく登場した。人間はこれまで生を深さにおいて〔垂直的に〕味わってきたが、今やそれを広さにおいて〔幅で〕体験している。
*窒息性ガスを人類史上初めて使用したのはドイツ軍だったが、若き伝令兵アドルフ・ヒトラーの一時的な失明はイギリス軍からの毒ガス攻撃によるもの。有翼モーターとは空の花形である爆撃機のこと。若きゲーリングは第一次大戦の〈撃墜王〉だった。
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