2012 . 09 . 09 up
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斬殺された兵士たちの埋葬が干草(センナーヤ)広場で執り行なわれた(マールス広場のときと同じ手順で)。センナーヤ広場は自由主義者のある地主が建てた公民館(ナロードヌィ・ドーム)の真向かいにあった。ブルジョアたちのアパートから持ち出された花が手向けられ、墓を囲むように、棕櫚や月桂樹その他の常緑樹から成る方形の花壇(カレ)が造られた。墓の傍らには〈人殺しどもは呪われてあれ!〉という献詞と花環。機関銃による礼砲。ヂクタートルが演説し、殺された仲間1人に対して100人のブルジョアを血祭りに挙げることを誓う。
式が済んだあと、墓地に20人ほどの兵士が残った。そのうちの1人がこんなことを言った――
「コニャックは駄目だが、ラムなら〔何とかなる〕」
誰かが答えた――
「ラムでもいいから、くれ」
するとまた誰かが、墓のことで――
「何かで囲ったほうがいいな。このままだと、牛に踏み荒らされちまう」
夕方になって、案じたとおり牛の群れが棕櫚を踏み倒してしまう。牛を追っていた老婆は、嚇されると、こう毒づいた――
「見てやがれ、そのうちおまえらだって犬みてえに殺されて、センナーヤに埋められちまうから」
警察(ミリーツィヤ)*が武装解除された。
*ソ連時代のミリーツィヤは〈民警〉と訳される。
誰の手によって彼らが殺されたか、わしは知らぬ、
だが、おまえの思想がその手を向かわせたのじゃ*。
(シェイクスピア『リチャード三世』)
*この日に限って2度、プリーシヴィンはシェイクスピアを引用しているが、『リチャード三世』には同上の箇所が見当たらない。
*ミロノーシツァ――日本ハリストス正教会の訳語で、十字架から降ろされたイエスの体に塗るための香油を持ってきた女の意。
おまえのリチャードは生きている。あいつは人間の魂を買い、
彼らを地獄に送る。だが、奴らには恥ずべき、そしてみなには
歓ばしき破滅の時は近づいている。大地が大きく口を開いた。
デーモンたちの咆哮。地獄が炎を上げ、天なる勢力は祈っている――
あんな碌でなしはさっさとこの世から連れ去られろ、と。
義なる神よ、一刻も早く幕を引きたまえ。おお、すぐにも
奴を打ち砕き、わが命を永からしめたまえ、〈くたばれ、犬め!〉
と言わしめたまえ!
(シェイクスピア『リチャード三世』*)
*夫エドワードをリチャード三世に殺されたアンとの会話の場だろうか? これら2つの『リチャード三世』の引用は、原作を模したプリーシヴィンの創作のようである。
経済学。わたしと村共同体(ミール)。コーリャ、これが今の僕らの状況なんだ――百姓たちはこっちが着ているものを分配し合っているんだ。
われわれの(いや、おそらく)どこの村もこんな階級構成である――れっきとした富農(クラーク)連、小売店主、組合員、それと今どきの協同組合活動家。固い中核を成す中間層は、かさかさに乾いた唇をときどきブルジョアの酒盃の方へ突き出して、できればそれにありつこうとしている。残りは抑圧された貧農階級、元の小作〔作男〕、やたらと神を畏れる年寄りたち、あくまで静かで、〔表立っては〕ひとことも言葉を発しない生きもの(いや人間)。*地方主事(ゼームスキイ・ナチャーリニク)は、1889年から1917年まで、行政・司法・警察権を有した。村長に当たる。
*村団(セーリスコエ・オープシェストヴォ)は、村落共同体(セーリスカヤ・オープシチナ)よりも小規模の、さらに身近な寄合いのようなものか?
*ポンティウス・ピラトゥスはローマの政治家。紀元26年から36年までユダヤの代官。イエスはこの男の在任中に処刑された。
そんな暮らしができないことは誰でも知っている。至るところで訊かれたのは――それで、これはどう決着がつくのかね?
「知らないよ!」
「そんなことないでしょう、知ってるくせに」
「まあ、知ってるけど、言えない。口にするのが恐ろしい」
手のひらを前に突き出し、慌てて、相手はわたしを制する――
「言う必要はない! それを口にしちゃ駄目だ!」
われわれはびくびくものだ。密告されて誰それが銃殺されたと言うが、しかし遺体がどこに埋められたかを知っている者はいない。「ソヴェーツカヤ・ガゼータ」の小さな欄の最後のほうに、新正書法の8ポイント活字で〈反革命で銃殺された元市民の某〉などと出るだけだ。
戦前(今でも憶えているが)、わたしは強烈な背信者*に出会った。町人出身の、要するに〈花崗岩の男〉! その神に抗(あらが)う新しい神格とわたしの人生観は互いに相容れなかったが、男の持つ気迫は烈しくわたしを打った。わたしはその力を敬い畏れた。わたしは訊いた――「どのようにしてそんな力を得たのか」と。彼は答えた――
「わたしはルーシ中を巡りました。ルーシの人びとの苦しみを目にして、その苦を共に分かち合ったのです。あなたはまだ見ていない!」
*神に抗う人(богоборец)、不信者、無神論者の意。
地面が盛り上がっていた。
朝の4時、いつものように男の子を連れて牛乳配達の女が通っていった。女は1時間ほど前(朝焼けの3時ごろ)、人びとが銃殺された現場近くを歩いていて、そこの地面が変に盛り上がり、おまけに地面が動いていた(「あれはまだ生きている人まで埋められたのよ」――あとでそうわれわれに話してくれた。
「ただそんな気がしただけじゃないのか?」
だが、そうではなかった。女は自分が目にしたことを自分なりにわれわれに伝えようとしたのだ。少なくとも嘘ではなかった。射撃の下手な赤衛隊は、まだ生きている者まで穴に蹴落とすと、上からあっさり土をかぶせたのだ。
「そう、あっさりとね、あっさりと」そう女が言った。「血があっちにもこっちのも。地面がね、こう盛り上がって」
町の角で知り合いにばったり。彼はわたしに目配せをし、小声で――
「もっと気をつけなきゃ!」
われわれは店のショーウィンドーの方へ寄る。わたしは彼に言った――おそらく撃ったのはヂクタートルじゃない、相手が〈ブルジョアジー〉だから、抑制も何も……要するに、あいつら〔兵士たち〕、やってしまったんだ。
「しっ、もっと低い声で!」と、わたしを制する。
そして身を屈めて、耳元で囁いた。
「自分でやったのさ!」
「自分でって、誰のこと?」
「兵士たちは撃つのを拒んだ、だからヂクタートルどもは自分で撃ったんだよ」
ライラックの枝。センナーヤ広場の先のどっか(監獄と修道院の間)に、銃殺された人たちの墓がある。それが新しい墓なのか、ただ掘り返して地均しされただけなのか、あるいは自然にできた穴なのか、誰に訊いてもわからない。反革命の人たちの墓がどんな形をしているのか、そんなことすら知らないのだ。商人の息子が市の公園で若いどっかのお嬢さんにライラックの小枝を買い、二人して墓のある方へ散歩に出かけた。彼らがそこで何を目にしたかは不明だ。ただ花を手にした彼らがそっちへ歩いていくと、兵士たちは考えた――花? いったい何の用だ? 墓参りか? 二人はその場で逮捕となった。母親が委員部(コミサリアート)へ走った(事情を訊こうと)。母親はそこでこう言われた――『あれは銃殺だな!』
いろんな人が奔走したおかげで、息子はなんとか釈放されたが、母親の口にした言葉にみなが戸惑った。こんな妙な質問をしたので。
「どうか言って、みなさん、お願いだから。もうあたし、死んじゃったのに、どうして魂の平安を願う歌*をうたってくれないんです?」
*教会葬での死者のためのミサで歌を伴うもの(отпевание)。
*細く真っ直ぐな剣。また(フェンシングの)エペ。儀礼用のもある。
十字架は救わない! 公証人の家の戸を叩くと、水兵が相棒に――
「びくびくすんな。おれはスプーンをはずさんぞ*!」
*スープを零さずスプーンをちゃんと口に運ぶ。〈しくじらない〉の意。
〔地方では〕多くの人に訊かれた――これまでじかにレーニンを見たことがあるか、どんな顔をしてるんだい、どんな人間か、と。でも、そんなことはどうでもいいことだ、自分にとって必要なのは、レーニンの中の、揺るぎない信念を持つ、誠実で、強い男であり、それ以外には彼の姿(カルチーナ)は思い浮かばない――そんな感想を述べると、そんなことは誰でも知っているという顔をするし、実際またそうなのである。ツァーリのときはツァーリは良くも悪くもなく、ツァーリはツァーリであり、その取巻きどもが泥棒だったのだ。
レーニンについてのわたしの意見を知ると、またあれこれ言ってくる――ところで、あんたは、こういったわしらのことを全部レーニンに話して聞かせられるかね? レーニンはこうした状態にはたして理解や反応を示すだろうか、どうだね?
どうして人間らしく理解せずにいられるだろう? 気が触れてしまった母親……愛らしいライラックが手向けられるかと思えば、ほら、このひどい罵りよう、この辱めだ……
わたしは今、馬に乗っている。〔どうやら〕心中、自分はレーニンのところへ何かを運んでいるらしいのだが、ステップの道の半ばで、人類の未来について〔問い返す〕という人びとに託された〔レーニンとの対話の〕難しさを、徐々に考え始めた。そしてモスクワに着いたころには……自分はレーニンに向かって何が言えるのかと――せいぜいエヴゲーニイ*の狂気のこと?
*詩人プーシキンの『青銅の騎士』から。絶対権力者のピョートル大帝とネヴァの氾濫で恋する人を失って発狂する貧しい青年エヴゲーニイ。
神はわたしをこの最大の恐怖に満ちた(夢でしか見たことのない)地獄から連れ出した。
神よ、追い払ってくれ、恐ろしいこの夢を。出発前に〔モスクワへ向けて発つ前――むろん本当に発ったわけではない〕、夢を見た。微動だにず横になっているが、何か恐ろしいことが起こっていて、それが自分からは見えない方角から近づいてくるようだった。犬がいた。それはわたしの守護者。そのわたしの守護者である犬は、近づいてくるものに気がついて吠えたが、怖くて吠えたのではなく、しかしじりじりと後ずさりしてくる。わたしは声をかける――『ポーンチク、ポーンチク、下がるな、向かっていけ!』。だが、犬はさらに後ずさって、とうとうわたしの足下に体を横たえる――そのまま寝込んでしまうような恰好だが、でも頭は前方を、後ろ足はいつでも飛びかかれるよう折り曲げている。『出ろ、前へ出るんだ!』と声をかけるが、聞こえないらしい。見ると、片方の脚が震えている。それがだんだん激しくなる。
革命の夢。ぴくりともせず墓に横たわっているとよく起きることのだが、次から次と夢が恐ろしく長く、疾風(ウラガン)のごときスピードで転回した……text - 太田正一 //scripts - Lightbox PageDesign - kzhk