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プリーシヴィンの日記        太田正一

2011 . 12 . 04 up
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〈ペトログラード〉

1917年2月24日

 妻と許婚(いいなずけ)――同時にそして別個に。

許婚(ニェヴェースタ)は年ごろの娘・花嫁候補・花嫁の意。妻と同時にしかし別個に存在する理想の愛人また〈永遠の女性〉。例の妄想。

 現代:食糧―芸術、勤め―文学、野ウサギ庁の諸タイプ:夢見る令嬢と実業の令嬢その他。省と野ウサギ庁、国家機構(体制)と人間性、本物の軍人と理想の軍人――政治的新聞はどっちの方向を示しているか……解体とどっちつかずの存在。

奇人アレクセイ・レーミゾフが主催する〈猿類大自由院〉でのプリーシヴィンの地位は猿類庁の駐在官である((十三)の編訳者によるエッセイ(三)を参照)。醜悪な現実に対抗して独自の理想的人間社会を仮想するレーミゾフ式遊戯に倣って、目下官庁勤めの身である作家の頭に浮かんだ野ウサギ庁。二月革命後に、庁は解散し、全員ニンゲンとなった(3月6日と7日の日記)。

 きのう、労働者のスト。オクーリチはいかに身を処したか。すでにリチェイヌイ大通りで発砲あり。

 オクーリチは職場で「車輌」を動かしているが、家ではシベリアにある自分の所有地の設計に余念がない。彼は農相を非難し、農相は統計学者と国民の愛国心の無さを非難している。彼に代わる人間が――誰をも非難することなく淡々と仕事をこなす人間が、求められている。省内の扉がひっきりなしにバタンバタン――射撃音のごとし。

2月25日

 古い時計(わがアパートの)がやさしいドイツの歌を奏でている。夢の中でその歌は、なにやら役所の書類の書き出しのよう――《閣僚会議の、一員たる、わたくしは、常ながら、閣下に対し、衷心からの、敬意をドートカ、敬意をコートカ》。
 その会議の一員がきのう、各閣僚にロシア救済計画の報告書を提出した。こんな言い回し――《すでに労働者たちは街頭に出て》……(なになに? 大衆がどこから《出てきた》って? どこにいたって?)
 時計はやさしいドイツの歌を奏でている。ときどきアパートの入口の扉が凄まじい音を立てる。大砲でもぶっ放したような。撃ち合いか? いよいよドンパチ始めたかな?

 ネーフスキイ大通りは〔1〕905年のようだ。路面電車が停まった。ヤムスカーヤ通りはまだ鉄道馬車(コンカ)が走っている。古臭い、陰気な、昔のままの本物のコンカだ。電車になってからはついぞ見かけなかったので――「おお、コンカじゃないか!」と、誰もが驚いた顔をする。

日露戦争(1904-05)で敗北を喫した年。05年は年明けからプチーロフ工場のストや《血の日曜日》事件が相次ぎ、激動の一年を予感させるに十分だった。各地で農民運動、都市部ではゼネスト(から武装蜂起へ)、黒海でも戦艦ポチョムキンの水兵の反乱が。国会(ドゥーマ)の設置法、そしてポーツマス条約の調印、鉄道スト、ペテルブルグでは労働者ソヴェートが成立した。モスクワ全市がスト、スト、大騒擾。ついに国家秩序改善についての皇帝宣言(十月宣言)だ。モスクワでも労働者ソヴェート成立。これがのちに言う〈第一次革命〉の年。

 極左社会主義の新聞社「ヂェーニ」の玄関番の二人の男の子――きのうまでは編集者たちにコートを手渡していたが、きょうになってそれをやらなくなった。植字工たちがストを宣言。玄関番の男の子たちは、帰宅する編集者たちが互いにコートを着せ合っているのを、黙ってみている。

「一日(День)」は有名な出版社主であるイワン・ドミートリエヴィチ・スィチンが発行した日刊紙(1912-18)。1917年からはメンシェヴィキの路線を打ち出す。

 国会(ドゥーマ)は会議を月曜まで延期するか明日続きをやるか審議。わずかな差で明日の会議のほうを採択した。
 どこからかひょいと姿を現わしたペトログラード全権代表のヴェイスが独自の行政法を提起した。

コンスタンチン・アレクサーンドロヴィチ・ヴェイス(1877-1959)はロシア軍の将校(大佐)。第一次大戦の英雄。

 ペトロフ=ヴォートキンの絵についてのレオニード・アンドレーエフ〔作家〕の記事――「だが、言葉は無力ではない!

1917年2月23日付「ロシアの自由」紙の記事。二月革命下の首都で展示された画家ペトロフ=ヴォートキンの作品「火線」(1915-16)をめぐっては賛否両論が渦巻いた。制作からすでに3年、描き始めたころは社会全体に愛国的な感情が漲っていたが、1914年の戦争は……今はもう誰もが何かの終わりを感じ始めている。勝利のことは誰も口にしなくなった。では敗北か? たしかに状況はそのようだ。大作に向かっていた画家自身も、自分には芸術家として何かが足りないと感じ始めていた。

 真の愛は力――それは片思いではあり得ないが、それでもやはり「失敗した」愛、応えなき愛も存在する。そも愛とは何ぞや? おおその無力なることよ、なんとなればその愛は抑え難くおのれ自身に向けられて(熱くなり過ぎて新郎は何も「できない」……)からである:率直、健全、注意力(サンチョ・パンサ、同郷人)――幸福のエレメント、すなわち交わり(合体)のエレメント:ドン・キホーテにとっては非合体、無対象性、物体性の欠如(新郎の滑稽な夜:なにその気になりゃと、その意気たるやすこぶる軒昂)。

 狩猟好きのグリーシカ〔ペテルブルグのホテルの玄関番をしている同郷人。前出〕。いっぱい武器を持っているらしい。彼が言う――〈猟期到来〉の声を聞くと、家が要塞と化するのだと。それほど大量の弾薬筒……いったい何を撃つんだろう?
 「やってみるかい? 一度うちにおいでよ!」

 役所勤め(11月1日以来)の間に急激に起こってきたのが、増大する食糧供給の混乱(ウラルから始まった)と穀物価格の暴騰だ(ミルク、パン、バターとあらゆるものが値上りした)。省の閣下(ともに全権代表)同士の言い合い、その他いろいろ……

 (性的な)情欲はワガモノにされた存在(人間)の醜い死体を余すところなく曝け出すが、しかしそこには愛がある――生あるものからサンチョ・パンサを摘出すれば、残るは狂気のみ。ここずっとロシアを救ってきたのは、そのサンチョ・パンサなのだ。

 著作集に取り組む。さらに上をめざすドン・キホーテふうの物語――「グレージツァ」およびサンチョ・パンサふうのもの――「播種」「焼けた切株」「ラヂウム」。自分はいつも物語をひとつ書き上げると、すぐに次作に取りかかる。「イワン・オスリャニチェク」のあとは「ニーコン」で、次が「グレージツァ」、そのあと「播種」というふうに。いま頭にあるのは「アピス」だが、同時に「分割(ラズヂェール)」のことも。

ここでは『グレージツァ』という総題を持つ一連のルポ(「年代記」1917年第2号-第4号)。作家としての焦りが感じられる。あるのは中途半端なプランだけ。「アピス」や「ソーンナヤ・グレージツァ」については1914年の(七)を。

2月26日

 きょうはどの新聞も出なかった。市内は軍隊で溢れている。「あなた、いったい誰を見張っているの?」と女が訊いた。兵士は自分が誰を見張っているのか(そいつが自分の敵なのか味方なのか)わからないようだ。
 兵士は一人では同じことしか言わないが、中隊と一緒だと別人になる。警邏(けいら」兵は労働者の通行を許さない。小さな用事でも許可しない。『じゃあ、大きな用事ならいいんだね?』――『んまあ、そりゃ』と兵士。『……ああでも駄目だ』。どっちみち通さないのである。別の(大きな)事件が数日中に起こるかもしれない。それは状況次第だ。政府の動きを、すなわち政府内部での緊張が高まっていつ独裁化や講和に向かうか(同盟国〔第一次大戦中の連合国〕との条約の一項に関しても、もし政府内部に深刻な混乱が生ずればロシアは単独講和に踏み切るだろう――そういう噂がかなり広がっている)を読み解くのは、そう難しいことではない。極右(と一部政府)も極左(労働者)も戦争を望んではいなくて、ともに目標、つまり講和の締結に向かいながら、最終目的がまったく異なるのである。一方は絶対君主制だし、一方は社会革命〔社会主義革命ではない・訳者注〕だ。
 ストは経済的なものではなく政治的なものだと工場主たちは言う。しかし労働者たちが要求しているのはパンだけだ。この場合は、工場主たちが正しい。今や政治と国家体制そのものが〈パンを!〉の一語で言い表わされている。これまで国家の生きる道は〈戦争を!〉に集約されていたが、今では〈パンを!〉になってしまった。いずれ歴史たちは〈時代(エポーハ)の第一部を〈戦争〉と第二部を〈パン〉と命名することだろう。

 サドーヴァヤ通りを行く中隊が聞き耳を立てている――
 「12時と言ったのかな?」と下士官。
 「発砲はこれで12度目だと言ったのであります!」兵士が答える。兵士たちは勢い込む。発砲を期待しているのだ。
 わが課は大混乱だ。弾薬工場のストについての暗号電報が見つからない。これは非常にまずい。必死になって捜すが、見つからない。途方にくれる。
 〈パンよこせ!〉のスローガンを掲げたこのストライキが、世界戦争の前線〈フロント)を突き破ったという共通感覚があって、そうした理論、たとえば立憲民主党員(カデット)ふうの学術的戦争綱領などはみな破綻している。戦争であったのがパンになって、軍もいつの間にか〈パン軍〉である。
 面白いのは、インテリである自分が自分のパン〔収穫した穀物〕を売ろうと取引所に出向いて(売ろうとしていたのは自分だけだった)、いや馬鹿げてる、これは経済的でないしまったく無駄だと感じた、あの去年の秋の苦い経験をふと思い出したこと。
 おおかたは、パンは大丈夫、特別市長〔首都および重要都市における職務で県知事待遇、革命前にあった〕だってペトログラードには十分パンがあると宣言したではないか――とそう思っている。ルーシはおおむね「パンあり」だが、入手できない。

 知り合いのお嬢さんたちがパンを求めて立ちんぼである。「どうしてまたここへ?」。「美術家同盟の展覧会に行くつもりでしたが、見ると、ちょっとした行列ができてたものですから、並びましたの。わたしたち、人が並んでさえいれば、商品が何かわからなくても、とりあえず並ぶのです……小鳥みたいに……わたしたち、わずかな黒パンを手に展覧会へ参るのですよ。パンは家のため家族のために、絵はわたしのためですの。それがパンだったり別のものだったり、いろいろですわ」
 家族のためにパンの列に並んだそのお嬢さん、なかなかチャーミングなり。

2月27日

 昨夜行った映画館(キネマトグラフ)は、外の明かりを消していた。ストの連中が足を止めないためだが、それでもこちらに気づいたのか、館の前でぴたりと足が止まる。閉じられた入口のあたりで話し声がする。ネーフスキイ大通りでカザーク兵が警察署長を斬殺したとか。それでパーヴロフスキイ連隊が発砲。建物の蛇腹めがけて機関銃を撃ちまくった。恰幅のいい交通路の専門家〔技師〕が、急に口をひらいて――
 「〈商品週間〉とはよく言ったもんですな、みなさん、炭が払底していても〈商品週間〉なんですから」
 高位高官までが、顔を合わせれば不満をぶつけ合って、国家機密になるようなことを一官吏の個人的な問題であるかのように口にするありさまだ。
 明るい朝。マロース。日差しはきらきらと春の到来。おもて通りに軍司令官の布告――あす労働者は職場に行かずに作戦部隊に加わるように、と。一瞬、ひょっとしてそうなるかも、と思う。きのうの発砲、きょうのこの威かし。あしたまたわがルーシは難儀な仕事を抱え込むぞ……
 プロトポーポフも同じことを考えている。

 ここ3日ほど、局長のところで自分はクズネツォーフ工場の件について報告している。局長が言う――「今はどうしようもないんだ。砲兵局は反乱軍に占拠されているし、未決監の政治犯も放免されている」
 だが、自分らは相変わらず農務(業)省に向けて書類を書き続けている――穀粉および魚の不足のためドネツク炭鉱は操業停止、ネヴィヤノーフスキイ関連工場の燕麦不足のため薪の輸送は停止すべきである、と。
 時計がやさしいドイツの歌を奏でている〔アパートの時計のはずだが?〕。
 書類にサインしながら局長と話をする――いろんな活動家に電話をかけてみたのですが、全員不在でした。みんな一緒にどこかで集会でも開いているのでしょうか?
 「そりゃ大いにあり得る!」局長も書類にサインしながら、そんなことを言う。
 省を出るとき、見ると、ヴイボルグ〔地区〕の方で火の手があがっている。未決監か、それとも兵器廠か?

 わが家主(ドイツ女)――もうパンは出ませんよ。今はね、自分で自分のことを考えなくてはなりません。そこで言ってやった――今われわれが考えなくちゃならないのは自分のことだけじゃないよ。いいえ、と彼女(ドイツ女)――どなたもそうおっしゃいますけど、今はまず自分のことを一番に心配しなくてはならないんです!

 ペトロフ=ヴォートキンに電話した。何も知らずに〔のんびりと〕景勝地などを水彩で描いている。こっちはびっくりしてしまう。レーミゾフを訪ねようとした。〔ワシーリエフスキイ島の〕8条通りまで行ったところで機関銃の音、そのあとあちこちで砲撃音。撃ち合いだ。殷々たる砲声。逃げる人、笑っている人、ここは前線かと思う。深夜の市街地はさらに恐ろしい……
 電話はどこでも通じているので、レーミゾフにはお宅まで行き着けなかったと伝える。
 玄関番の女が言った――
 「連帯ですよ、軍同士が連帯したのですよ! どっちもプロトポーポフの機械(マシーン)だわね!」
 それからさらに、彼女は、3つの連隊が国会を警備していて、現在、〔選出された〕代表者と労働者たちが会議中であると教えてくれた。
 ともあれ、全体として良い方向にむかっている――これは神の怒り、正しい怒りであるようだ。
 また玄関番の女はこんなことも――「リゴーフカでどっかの爺さんが行列に並んで、やっとパンを2フント手に入れたっていうのに、可哀そうに、パンを抱えてそれっきりだって……」
 大いなる恐怖の日々の到来である。

 「それでも穀粉はありますよ!」そう叫ぶのはヂェメニーだ。
 「粉はそうかも、でも、パンは無い」
 「燕麦も無いですって? ああこっちこそ馬の餌なのに」
 パンはともかく、ヂェメニーは何も知らず何もわからず、自分の馬鹿さ加減を立証しようとする。だが、『おまえさんは馬鹿だ』と言われると、いきりたって――
 「それでもパンはあるんです! ロシアにパンが無いなんてあり得ない。パンはあるんですよ」
 夜中にセ〔ラフィーマ〕・パ〔ーヴロヴナ〕〔レーミゾフの妻〕が電話してきた。ワシーリエフスキイ島でフィンランド連隊が発砲していたが、今は連帯した、と。
 あしたは新聞が出るはずだ。

エヴゲーニイ・セルゲーエヴィチ・ヂェメニー(1888-1969)は俳優、人形劇の監督。ロシアにおける人形劇場の創設者の一人で、ソヴェート時代に共和国功労芸術家。

2月28日

 長い長い一日が終わろうとしている。時計は相も変わらずドイツの歌をやっている。しかしいつなんどき機関銃の弾が部屋に飛び込んでくるかわからない。レーミゾフのところへ行こうかどうか迷っている。どの建物にも警官が張りついていて、ときどき発砲しているようだし、蜂起者たちも負けずに撃ち返している。(きのうみたいに)どこで何が起こるかわからない。朝、玄関番の女から続々ニュースが――
 「連帯がなったんですよ!」彼女は本物の女革命家のようである。「十字章を着けた〔兵士が〕自動車に乗って、まるでどっかのお嬢さんみたいにはしゃいで、ほんとにまあ嬉しそうに!」

 トゥチコーフ通りと2条通りの角に、好奇心旺盛な連中がひとかたまり。傍らを兵士と機関銃を乗っけた自動車が赤旗を靡かせて疾駆する。令嬢がひとり腰を下ろしている。小さなお下げ、赤っぽい髪。〈万歳(ウラー)!〉とやると、車の中から撃ってくるが、これは挨拶代わり。〈ウラー!〉をやる者、必死で逃げる者。大学に衛生部隊と給食所がつくられているという。またニュースが飛び込んでくる――バグダッドが占領され、国会と国務会議は解散、その旨ツァーリに打電された、と。
 夜、この建物のまわりでドンパチあり。どこかそこらに警察署長が隠れているのだ。兵士たちは玄関番の女にしつこく署長を引き渡せと詰め寄る。さんざん威かされた女は(朝のうちは勇ましい革命家だったのだが)、夜になったら急に――
 「まったく、なんてことしでかしたんだろう? あれで世の中、良くなるのかねぇ?」(まさに群衆である!)

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