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プリーシヴィンの日記        太田正一

2013 . 05 . 19 up
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1919年9月29日(の続き)

 通りも支部〔人民教育課〕もごった返し(クチェリマー)だが、人びとはまったく心配していない。ただ口を開けば――『それはいつか?』―『あすか、あさって……』。カローリ〔王様の意だが、本名〕には29露里地点と聞こえた。А(アー).И(イー).は1週間半後になると計算している。ノーヴイ・オスコール~カストールノエとノーヴイ・オスコール~エレーツはほぼ同距離だ。負傷兵が連れて来られたので、『いつになる?』と訊くと、『水曜日かな』―『どんな様子かね?』―『自分らは水曜の朝ここを発つが、夜にはドンの連中が進駐してくる――そうクバーンの奴らが言ってる』。В(ヴェー).が来て、言った――『チェルブヌィとドルゴルーコヴォの間にいる』と。К(カー).が来た――『今、チェルブヌィだ』。

ドンもクバーンもともにカザーク兵(ドン・カザークとクバーン・カザーク)。

 ヤーシャ〔継子〕がお別れを言いに来た。『チェルブヌィです。あした発ちます』。医療委員会を立ち上げたゴルシコーフが、〔自分は〕被害妄想なので休暇をくれと言ったという。彼ばかりではない。奥さん(ダーマ)連にも似たような症状〔気分〕が広がっている。もうすぐ敵がやって来る、そうなったらどうなるの? 勤め人には、疎開に同意しなければ2週間分の給料を払って解雇される旨の通告が、『みんな逮捕されるのか?』との問いには――『いや全員というわけではない』との回答。ところがその一方で、中学では授業の時間割が作られているので。自分も地理の授業を受け持ちたい〔と思っている〕。

 このあいだのことと絡んで、ソーニャの心に起こった悲劇――(〔彼女は〕まったくの嘘つきになってしまった)。なんということか! なのに、自分の心は、そっけなく、からっぽで、それに相応しい〔あってしかるべき〕反応もない。それはそのとおりだと思っても、自分には常にあった神聖な責任感のようなものが少しも感じられない――忌避する気などまったくないのに。明日あさってしか計算できない不安、まともな生活ができるまで生き延びられるかどうかわからないことから来る、ぼんやりした感じ(反応の鈍さ)がある。自分に下されるかもしれない罰は思い描いても、何も特別なことは起こらない。

最後の審判の光景のこと。正教徒たるロシア人一般によく見られる「最期の審判」への不安。プリーシヴィンも決して例外ではない。拙著『森のロシア野のロシア』第1章「無神論の箱舟」および『プリーシヴィンの森の手帖』所収の「わたしのノート」を。

 キール村。ソヴェート権力を認めない(あるいは関心がなかった)この村も、ここ3週間は持った〔なんとか無事だった〕。
 カザーク兵を待っている連中にしてからが、猫たちが屋根の上で唸っただけで、それをデニーキン軍の大砲の音だと思ってしまう始末である。

9月30日

 ソフィヤ・パーヴロヴナの名の日。甘いお菓子がいっぱい出た。食べながら、マーモントフは甘い(サーハルヌィ)などとふざけて呼んだが、通りではボリシェヴィキがしきりにこんなことをがなってる――『マーモントフは砂糖(サーハル)をくれたが、シクロー〔白軍の軍人、前出〕は何を食わせてくれるか見ようじゃないか!』。
 われわれは何を待っているか――その第一、ヨーロッパの現在。白い(、、)光の中で〔この世で〕何が起こっているか、白〔白軍〕に足場があるかどうかを知ること。その第二、とどのつまり、どんな権力がつくられ、労働者の部屋〔ソヴェート・ロシア〕にノックもせずに入ってくることはなくなるのか、働けば食糧の買い溜めができるようになるのか、その第三、自由にどこかへ(もっといいところへ〕行けるようになるのかどうか、知りたい。
 通りの様子が一変した。いつもなら、人を見れば、ああ勤めに行くのだなとか、市場か教会へ行くのだろうとか、何かを探しに村からやって来たなとか、いろんなことが想像できたのに――今ではそんな人も荷馬車も何のために行ったり来たりしているのか、わからない。すべてが謎、すべてが不思議である。エレーツでは一度も見かけなかった四輪ばね付き幌馬車(コリャースカ)が走っていった。走っていたのはあし毛の痩せ馬で、なんと、その痩せ馬に5人の乗客が鞭をあてていた!

 チェルブヌィからの車馬も軍の部隊もどんどんトゥーラ方面へ。最終決着の地はモスクワだから、ともかくそっちをめざして移動していく。でも、ウズロワーヤで詰まってしまって、もう先に進めないという。無数のそうした車列を眺めながら、自分はしみじみ思った――そもそもマルクスの思想なんかこの若いクバーン人には何の関係もない、と……
 一日の終わりに見たもの聞いたことの中から、何かしら事実が沈殿してくる。きのうはチェルブヌィだった。たぶんきょうはドルゴルーコヴォが沈殿してくるだろうが、問題は町の占拠ではない――きょうかあすか、いやあさってにも(いずれここ1週間内に)わがエレーツのソヴェート時代は終わりを告げて、新しい時代が始まるのは間違いない。だから、住人たちは、こんなに落ち着かないのだ。ひょっとしたら、また一時的に赤軍の支配下に入るかも。そうなったら……
 ソスナーから来た男〔ザソーセンスキイ〕が町に入ろうとしたときのこと。スタロ・オスコーリスカヤ街道で車列が停まッ他と思ったら、いきなり、何者かに馬を盗られた。奪った男はあっと言う間にそれを自分の車に繋いでしまう。頭にきたザソーセンスキイは拳を振り上げ、声を荒げかけたが、逆にまわりから制止されてしまう。『同志、罵るなんてよくないよ!』。一人また一人、しまいには全員が『人を罵るのはよくない』と言いだす始末――それも慇懃に、じつに落ち着いた声で。
 自分は思った――若者よ、おまえさんたちはこの2年間で大した礼儀作法を身につけたものだね、でも、馬を盗られたザソーセンスキイは腹を立てて、あんなに大声を張り上げているんだよ。
 すると、日焼けした丸顔の、きれいに顎鬚を剃った男が――『同志たちよ、こいつはカデットじゃないか? そうだ、そうに決まってる、カデットにちがいない!』そう言って、ポケットに手を突っ込んだまま(拳銃らしきものを握っていた)、ザソーセンスキイの方に寄っていく。『おまえさんはカデットか?』何人かが問い質す――『われわれが証人になる』。ザソーセンスキイは網にかかった獣みたいに静かになり、真っ赤な丸い目玉をまったく無意味にギョロつかせる。馬は元に戻され、荷馬車に何か載せられたようだ。そしてザソーセンスキイはその車列と一緒にトゥーラに向かって歩きだす。群衆はそれをこんなふうに言った――〈カデットはトゥーラに向かった〉と。

10月1日

 朝――静寂。男がひとり、盗んだベンチを黙々と運んでいる――焚付けにするのだ(敵はいよいよ近くまで来ているらしい)。
 3日もすれば、正教徒に嘉音〔ミサを知らせる教会の鐘〕は聞かれなくなるだろう。
 きのう、ラズームニク〔イワノフ=ラズームニク〕からいい便り。時代の破滅(プローパスチ)など全然なかったような気になった。
 少年コミュニストたちは、見たところ、礼儀正しく振舞っている。指導者のゲルショークはへまばかりやっていた。あること――人生におさらばすることを除けば、この男に怖いものは何もないのである。
 車列、砲兵、騎兵隊、歩兵が通過。残っているのはカザーク兵だけ。

10月2日

 ある婦人(ダーマ)に石鹸をひとかけら所望したが、譲ってくれない(あれだけ石鹸を貯めているのに)。もう一人の婦人には学校での地理の授業を2つ譲ってくれと頼んだが、これも断わられた(本人は有り余るほど授業課目を抱えているのに)。まったく石の〔無慈悲な〕女たちだ。砂糖と皮革と取り上げられて、今は課目も奪われている(『悪魔の臼』)。自分に才能が〔ある〕、何かできそうだと感じているのに、何もしないのはつながり(人との、またきっかけ)がないからで、それを邪魔するのが〈悪魔の石臼〉。 
 町は荒廃ここに極まれりという感じ。ソヴェートの菜園から人参やキャベツの袋を、どこからかベンチや丸太を引きずってくる者、そんなのばかり。パーヴェル・アレ〔クサーンドロヴィチ〕・スミルノーフ〔エレーツの医師(1863-?)〕が人質として引っ立てられていった(ゴルドーン〔?〕)。逮捕されたわが最高独裁者のゴルシコーフも連れて行かれたらしい(神経衰弱)とか、ヴェーニカが勉学のためモスクワへ発ったとか、チェカー上級予審判事が何かの追審のためトゥーラへ向かったとか。
 荷馬車のガタゴトがたまにしか聞こえなくなり、ついにそれも途絶える。ラトヴィア兵4師団の到着、カザーク兵はドルゴルーコヴォ、チェルブヌィのみならずカストールノエをも見捨てたらしい。そういう噂はすぐに伝わってくるが、大衆はそういうことには大して関心がない。肝腎なのはファクト(疎開その他)なのだ。判断を誤れば身の破滅だから。

 ラズームニクに手紙を出したいが、ちゃんと届くかどうか。〔彼が〕どうも行き違いになりそうだと言っているので、書いても仕方がないかも。こんな時代に彼は本当に何も学ばなかったのだろうか? 自分が彼ら〔ラズームニクのグループ〕に与しなかったのは、最初から暴力や殺人や怨恨をさんざんこの目で見てきているからだ。すべて想像していたとおりだった。
 彼らには生活感が、他を思いやる心がなかった。大なり小なり持っていたのは自尊心の強い激情(ザドール)で、それが彼らの言わば至上の指針、リーダーシップだった。たとえば、〈地上における神の王国〉はかつては正しいものだったが、今はもうそんなものはただの着古しである。それでも、それはすべてわれわれのものであり、ボリシェヴィキもコムーナもみなわれわれのものだ。そうしたものがどれもわれわれの病気だということ――露見しない秘密などひとつもないと知るべきである。

マルコによる福音書第4章22節。続けて「聞く耳のある者は聞きなさい」。

10月3日

 人びとは見た――金のメッキも官等も宮殿もなしに国家市民生活の本性(ヌトロー)のすべてを。あらゆる論議と評価が終わるところで、人びとは自国の人間を見た、はっきりと見たのである。でも、それは、以前にも〈隠された形で在ったもの〉なのだった。

 深夜、マロースだったのだろう。室内の空気もかなり冷えていた。それと一緒に冬の脅威が意識の中にまで浸透してきた。あとひと月もすれば、本格的な寒さとの戦いが始まるだろう。スィチン〔ウラヂーミル・ヴィークトロヴィチはエレーツでの友人〕が引っ越した。

10月4日

 世間は、いろんな事件があるから、作家は儲けていると思っているが、くだらない。とんでもない! 確かに、作家稼業はわが時の時(ミヌータ)、わが神、Я(ヤー)そのものだ。でもそれは、世間の(人びとの)たわごと(それは自分でも認めているだろう)のうちにわたしが理解するミヌータであって、自分が書くものもそこにある。それで今、自分は監獄にいる――閉じ込められているのだ。
 きのうの事件。占領された町の通りという通りは、軍の馬車、トラック、壊れた自動車で溢れている。それらが主役で、そこに暮らす住人は蝿のような存在だ。通りを行くのはウクライナの去勢牛たち。どこへ運ばれていくのか曲射砲も目につく。飛び交う噂は農村と同様、いよいよ暗いものになってきた。カザーク兵がチェルブヌィからカストールノエに後退し、リーヴヌィからイズマールコヴォ=ロソーシニェエへ抜けたのはボブルィキノに通じる道を遮断するため、とか言っている。

 兵士たちが歌っているのだろうか? 歌いながらずらかろうというわけか。〔自分なら〕飼葉袋〔燕麦を入れて馬の鼻面にかける〕もがらくたも一切がっさい持ってウクライナへ行きたいが(ギター、女たち)。

 コジュホーフのアパートの捜索と徴発。予審判事のゴルドーン(これは嘘)、刑事たち(ポケットに手をやる。眼鏡を失くしたか?)。ともあれ〈彼らには丁重な応対〉が必要だ。

10月2日のゴルドーン(?)も同じ意味。ゴルドーンとその家族はすでに町を出ている(9月24日の日記)。

10月5日

   物質(マテリア)も社会も、本質的には芸術家(個性)に敵対的なものだが、でも芸術家はその敵意あるスチヒーヤに関わらずに新しい世界を造り上げることはできない。コミュニスト(唯物論者(マテリアリスト))は芸術家がマテリアの一部(男は女になれという法令でも出れば、そういうこともあり得る)になることを欲しているのだ。
 自分は〈脱走兵〉に戻りつつある。これでは命の価値を知る(死ぬのが怖くなった)ゴルシコーフと同断だ(戦場を離れて、この男はエレーツ市の独裁者になろうとしている)。

 脱走兵-独裁者。1)戦線離脱行為によって破滅する。2)反抗する奴隷(命のために社会主義は助けとなる。地上の王国――天の王国ではなく)、すなわちスメルジャコーフ。3)言葉の運命。持ち主のいない家具のように言葉に中身がなくなり、決まり文句(みんなのもの、公共のもの)になって、行き着く果てが「犂と鎚」紙――駄法螺と飢餓だ。

 失職した教師たちが集まって話していた。もし一カ月もこんな状態が続き(側面攻撃を受けて、エレーツは権力に見捨てられた(恣意的に))、何も変わらなければ、われわれはみな滅びるだろう。そこで出てきたのが赤〔軍〕の勝利の可能性〔なる問題〕。彼らはそれがいかにして生じたのかを知ろうとする。分析したのだ――マーモントフにさんざん嚇されて、シチェーキン〔シチェーキン=クロートフはエレーツ市人民教育課の職員〕は妥協への出口を探している。赤が勝てば、生活建設の事業はインテリゲンツィヤに引き渡されるだろう。それに対する反論――『赤にも白にも組織能力はない、最終的に組織するのはは外国勢力だ』。シチェーキン――『革命でロシア人民は素晴らしい組織能力を発揮した』。〔しかし〕ロシア人が発揮した能力は組織事業の一面(消極的なやり方)にすぎない……心理学的に積極的な方面を、たとえば首都と地方の活動家たちがいかなる者たちであるか、彼らが何を為したかを研究すべきなのだ。国民経済会議(ソヴナルホース)、Упромат〔不詳〕――白軍の将軍の接触と、目下、通りの至るところに白いもの〔ビラ〕……(ビラと決まり文句、言葉の小市民)。そこから推せば、白の勝利はすなわちロシアにおける外国の資本主義的組織、赤の勝利はすなわちヨーロッパの革命でありヨーロッパの崩壊、アメリカその他の国の新しい革命は――これは世界的カタストロフィーである。〔意味不明の箇所あり〕
 組織参加者は、ヴォーリャ〔意志=積極的活動〕とサストラダーニエ〔思いやり=消極的活動〕の分子たち――女性性の勝利。
 医師のゴーリベルグ〔マックス・レオーンチエヴィチ〔レイボーヴィチ〕はエレーツの医師(1863-?)〕。ユダヤ人。巨頭、短躯、分厚い胴体とヒキガエルの口を持つ男、さまざまな外国語を操る。ゴーリベルグが金のために汚らわしい堕胎手術をやっているので、スミルノーフ〔パーヴェル・アレクサーンドロヴィチはエレーツの医師(1863-?)、前出〕は彼を階段から蹴落としたのだが、そのため、2年後に町を去るとき、ゴーリベルグはスミルノーフをチェカーに密告したのである。スミルノーフは連行された。密告が功を奏したのはゴーリベルグが町をあとにした2日後のこと。ゴーリベルグは本当に嫌な奴だったから、仲間のユダヤ人たちさえ、いつかぶっ殺してやりたいと思っていた……
 ボリシェヴィキのバルビーマン(町人)は密告屋だ。それしか能がなかった。将軍の娘のコワーリスカヤがマルクス〔カール・マルクス〕は気狂いだと言ったので、待ってましたとばかり密告した。だがチェカーは彼女を無罪放免。それが悔しくて堪らないバルビーマンは言い放った――『なに、また別の手を使ってあの女を葬ってやるさ』。

10月6日

 ソフィヤ・パーヴロヴナがやって来て、ヴォローニェツのコジーイ・ザゴーン〔山羊の囲い地の意〕へジャガイモ掘りに行こうと言う。『教師たちはひとり残らず掘りに行ったから、授業はなしよ!』。〔しかし自分は〕行かなかった。彼女は子どもみたいに怒った。本当にわがままな女だ。
 朝、空がゆっくり大きく割れていく。青いところに飛行機が現われたなと思ったら、すぐに雲の中に消えた。

 ニュースが途絶えた。ニュースと言っても白軍の進撃のことばかりだから仕方がない。エポックは、マーモントフの壊滅、疎開、前線の移動、それと権力の消滅。今はもっぱら空疎、無為、来るべき飢えと寒さ、それと警報音。(蹄の音、荷馬車のガタゴトあるいは機関銃のタンタンタン、鎚音、砲声)。

10月7日

 昨夜、確からしい情報――カザーク兵がまたカストールノエから侵入して、コミュニストの第42師団とナーベレジナヤ付近で衝突した。きのうは大通りを負傷者が運ばれていった。チェルブヌィ方面から引き返してくる車列。リーヴヌィのカザーク集団がヴェルホーヴィエから7露里地点で戦闘状態に。概況――赤軍のトゥーラへの退却(モスクワを死守するため)と、局地戦による南からの攻撃の阻止。
 シチェーキンは〔人民教育〕課での自分の仕事を中断しなかった。彼の見解は、春のころと変わっていない。すなわち、ボリシェヴィズムの清算にはかなりの時間がかかる、今しばらくはその日その日の状況を見ながら仕事をしていかなくては――つまり順応型の典型。教師たちはジャガイモ掘りに精を出し、畑でよく諍いを起こしている。『あんな哀れなインテリたちを見たことがない』(〔書くとすれば〕「コージイ・ザゴーン」に1章)。
 最後の一滴まで搾られたレモン。温和なインテリゲントのピーサレフ〔エレーツ市人民教育課職員〕はボリシェヴィキと一杯やりに村へ出かけ、徴発した七面鳥を巧いこと手に入れると、課からの出張命令でやって来たというような顔をして穀類を注文した。そしてそれでもって七面鳥を飼育した。大きくなったので、女房は亭主に七面鳥の首を切り落とさせた。ピーサレフは顔を背けて斧を振り下ろした。おかげで自分の指を切ったばかりか、長靴に穴まであけてしまった。でも、七面鳥のほうは一撃で息絶えた。
 ニーシチェンコ〔乞食〕と呼ばれているミーシチェンコは家畜の足下の牧草の上に横になった〔おでけた表現で「居候を決め込む」の意〕。

 ルィンダは初等学校の校長である。たいそう自惚れの強い老人で、自分をトゥルゲーネフに似ていると思っている。彼について才能の片鱗も感じられない記事か何かが新聞に載ったことがあったらしい。そもそもそれは、スタホーヴィチが窓から、銃を手にした彼を見て、『ほう、イワン・セルゲーエヴィチ〔トゥルゲーネフ〕が歩いてる!』と言ったことから始まったのである。

 夜の寒さが身に染みる。われわれのお喋り――カフカース、バナナ、葡萄のこと。熊がダーチャの近くに出没したとか、野生の猪が親豚と一緒に子豚たちをも連れ去ったなどと、埒もない話に興じる。
 昨夜は通りの至るところに〈マーモントフ逮捕〉の貼紙。誰も信じない。それを読んで、誰もが『出まかせ(ブレフニャー)だ!』と。
 アレ〔クサンドル〕・ミハー〔イロヴィチ〕の神聖、ソフィヤ・パーヴロヴナのわがまま。二人とも衰弱し、痩せこけて、飢餓状態だ。

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